神奈川県横浜市金沢区の金沢北条氏菩提寺「称名寺」に現存する大型の五輪塔。金沢顕時の墓である。撮影者:亜季多幸孝
ごりんとう 五輪塔
塔婆の一形式。
密教において創始された塔形で、下方より方形.球形・三角形・半球形・団形の五部を積み上げ、地・水・火・風・空の五大をあらわすものとし、この塔形を胎蔵界大日如来の三昧耶形(さんまやぎょう)とする。五輪五大の思想は中国においても早くからあったらしいが、立体的なこの塔形は目本で平安時代中期ごろから作られるようになった。
五輪塔形の源流については諸説があるが、形の基本は球形の塔身を台座上に安置し、笠をのせ、頂上に飾りの請花・宝珠をつけたもので、これに五大の思想を盛りこんだものといえる。
保安三年(1122)建立の京都白河法勝寺小塔院の軒丸瓦に五輪塔と宝塔との区別のつけにくい塔形があらわされている。原始五輪塔というべきもので、完全な五輪塔形は天養元年(1144)の経瓦と伴出した兵庫県神崎郡播磨極楽寺経塚発見の泥塔(重要文化財)に見られる。ついで石造五輪塔として最古の奥州平泉中尊寺内の釈尊院墓地の仁安四年(1169)、大分県臼杵市中尾の嘉応二年(1170)・承安二年(1172)銘の塔(いずれも重要文化財)などが存し、鎌倉時代中期以後にはわが国石塔の主流となって、宗派を越えて造立された。
多くは各輪に配して五大種子または大日如来三身真言などを刻む。元来供養塔であるが、墓上の墓塔ともした。舎利塔などとして木造・金属製・水晶製・泥造の五輪塔も行われた。なおまれに火輪を三角錐状に作ったものもある。
『国史大辞典』より引用。
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